――狼と香辛料10周年! そして11周年目に突入ということですが、第一巻発売からいままでを振り返ってのコメントをお願いします。


十年ひと昔と言うくらいですから、色々と変わったかと思います。ただ、十年前がどんな時代だったか……と説明するのは難しいですよね。すぐに思いつくことは、電撃文庫編集部は今の飯田橋ではなく、その前の西新宿でもなく、御茶ノ水にあったことでしょうか。編集部から坂を下りた神保町の大きな交差点の書店さんの屋上にある大きな看板は、当時から電撃文庫の看板作品が広告されていて、いつかあそこに……と思っておりましたが、『とらドラ!』に負けました。ぐぬぬ。なお、その書店さんは最近靴屋さんになっていました。時代の移り変わりです。11周年目に突入した作家としては、当時よりも格段に小説の書き方がうまくなり、プロット通りに一発で書けるように! なんてことは全然なくて、今でもうなりながら、たくさん消しながら書いています。小説家は、新作を書くたびに初心者に戻るのだ、とノーベル文学賞受賞者も仰っていますので、仕方ないのかなと思います。仕方ないのです。



――支倉さんにとってこの10年は想い出深いものかと思います。狼と香辛料を執筆していて、印象に残っているエピソードを教えてください。


『狼と香辛料』で一番印象に残っているのは、第16巻の原稿があまりにも辛くて、エレベーターを降りるのを待っている間、マンションの階数を表示するステレンスの板に額をこすりつけてうなっていて、後日見たら額の油が付いていたとか(数年間消えなかった)、第五巻発売の頃、アニメ化の広告でコミックマーケットの日に国際展示場駅に『狼と香辛料』の広告が出たことでしょうか。私は同人誌の世界で創作を始めたので、故郷に錦を飾れたような気持ちでとても嬉しかったです。また当時の編集部の思い出といえば、担当さんが打ち合わせの時に編集部で思い切りたばこを吸っていたということでしょうか。家に送られてきた原稿も、燻製状態だったことを思い出します。最近はどこも分煙が進んでいるようで、そういうこともなくなりました。隔世の感がここにも。



――狼と香辛料が生まれたいきさつや、誕生秘話などあれば教えてください。


中世ヨーロッパの十字軍についての本を読んでいたら、当時の経済模様を解説した『金と香辛料』という本に出会い、それがとても面白くて中世のことを本格的に調べるようになりました。で、その合間に読んでいた『金枝篇』という世界中の神様の話を集めた本の中に、麦に宿る狼という豊穣の神様の話があって、民話的な雰囲気がとても良くて、いつかこんな感じの小説書きたいなあと思い、さらに当時読んでいた『さくらん』という漫画で大変印象的なシーンがあって(あと廓言葉超かわいいし、ラノベであまり使われていなかった)、ヒロイン像はこれだ!!! となって、三つ集めて『狼と香辛料』になりました。当時はファンタジー世界の経済的な活動に焦点を当てて、剣も魔法もないような小説というのはとても少なかったので、新人賞で目立てるのでは、という思惑もありました。



――『狼と香辛料』を支えるイラスト担当の文倉さんとは、普段どんな話しをしていますか?


文倉さんといつどこで最初に出会ったのか、実は全く記憶にないのです……。多分、アニメ化が決まってから顔合わせとかしたような気がしないでもないような……。最近はお会いすると、大体健康の話になります。後は、仕事で無理効かなくなりましたよねえ、みたいな。イラストそのものについての話はあんまりしなくて、なぜなら文倉さんの描くキャラはいっつも120%可愛いからと、華奢な感じの体の描き方がとても私のツボだからです……。後、おっさんキャラのバリエーションがすごいです。なので、いつもありがとうございます今回もホロ(今はミューリ)可愛いです、くらいしか言うことがないですね!



――支倉さんが思う『狼と香辛料』の良いところを10個教えてください。


『狼と香辛料』の世界の良いところは、

1・原稿の締め切りがない
2・原稿の催促がない。
3・夜中に豚骨ラーメン食べて明け方にえづくことがない。
4・少し食べるだけですぐ腹に肉が付くことがない。
5・何か問題が起きても最終的に解決する。
6・ホロが可愛い。
7・ホロが可愛い。
8・ホロが可愛い。
9・ロレンスも実はとてもとても格好いい。
10・ホロとロレンスが幸せそうなこと。



――さてホロとロレンスも長い旅を終え、湯屋・狼と香辛料亭の主人と女将となりました。このサイトでも連載している二人の湯屋での物語『Spring Log』編について教えてください。


続きを書くきっかけになったのは、小梅けいと先生版『狼と香辛料』であるコミックスのほうがそろそろ終わりそうなので、それに合わせて販促の意味で小説出しましょうか、ついでに10周年だしなにかやりましょう、という感じでした。で、『狼と香辛料』の17巻を書き終えた後も中世ヨーロッパに関する本は読み続けていて、『マグダラで眠れ』などでは使えなかったり、これは『狼と香辛料』向きだなあなんていうネタがあったりして、本にできそうな感じだったので、書いてみたら意外に書けました。問題は、いざ書いてみると子供の存在を持て余してしまって、うーんとうなった結果、可愛い子には旅をさせよの言葉どおり旅に出てもらうことにしました。で、本当はそれでおしまいだったのですが、「Spring Log」の短編の中で娘であるミューリについて手紙という形式で言及したら、なんだかヒロインの風格をとても感じたので、こちらも合わせて本にしてみました。締め切りが倍に増えてきつかったです……。
サブタイトルの「Spring Log」は、最初はハウリングとかなんとか色々あって、最後に出てきた案です。温泉と春でspring。とても気に入っています。むしろなんでこれが最初に出てこなかったんだろう、と今では不思議に思います。



――今後、娘のミューリが生まれた日のことや名前を付けたエピソードなども描かれるのでしょうか?


ミューリ誕生とかの話は、小梅けいと先生の漫画で読んでみたいですね。自分の文字では書ききれないような気がします……。
ミューリの短編などは今のところまだ少ないので、何か書きたいとは思っています。



――ホロとロレンスの娘・ミューリの物語『新説 狼と香辛料 狼と羊皮紙』も大人気ですね。ホロとロレンスと物語とはひと味違った旅物語となっていますね?


ホロの娘でありながらホロと違ったヒロインということで、ホロから老獪さと内向的な面を取り払って、元気を倍にしたのがミューリです。
とにかく可愛いヒロインが出てきて、寝る前にちょっと本を開いたらどこのページでも耳と尻尾がわさわさしているようなのを目指して書きました。
が、二巻では想像以上に重くなってしまいました……。その代わり、ホロとは違う強さみたいなのも出てきたかなと思っています。



――羊皮紙の今後の展開などいえるところまで教えてください!


せっかく『狼と香辛料』と同じ世界観なので、前作では明らかにできなかったあの世界での大事件を取り扱いたいと思っています。三巻では読者の皆さんがなんとなく想像しているだろう「『狼と羊皮紙』って世界史のあれモチーフだよね?」という予想をよい意味で裏切って、『狼と香辛料』では語り切れなかった事件を語ろうと頑張りました。
楽しんでいただけたら幸いです。



――最後に『狼と香辛料』ファンに向けて今後の抱負などあればひとこと!


偉大なる投資家のコラムか何かで、「君は昨日の新聞を読みたいと思うだろうか? 思わないということは、新聞など読んでも翌日には無価値になっているということだ。読むべきは発売から十年、二十年経った今でも価値を失っていない本であり、それらは十年後、二十年後も価値を持っている可能性が高い」(要約)というものを読みました。
万人受けは難しそうだけれども、十年経った今でも新規の読者さんが面白いと思ってくれて、二十年後に読み返しても古びないような物語を書いていきたいと思います。

★次回は「狼と香辛料スペシャルインタビュー 文倉十に聞いてみたい10のこと!!」を掲載予定です。